房総の古墳 一覧

『房総の古墳を歩く』の伊甚国編(長南町の古墳)

今年の初めに訪問できなかった伊甚国-いじみのくに-長南町の古墳の古墳を探訪します。
船橋駅9時11分の外房線上総一ノ宮行きですと、目的の茂原駅には10時早々に到着です。
さっそく自転車を組み立てて、油殿古墳に向かいます。bicycle
 茂原駅より真っすぐ広域農道を走り
 途中の長久寺の緑の看板の小さな
 道へエスケープすると、偶然ですが
 狭くて天井が凄く高い、珍しい隧道
 がありました。
 後でネットで調べると、永井隧道(
 ながいずいどう)という名称で、
 道路工事で後から道を掘り下げて
 天井が高くなった様です。
 房総は隧道が多いですが、こんな、
 縦長の隧道は見た事がありません。

埴生川周辺には関東ふれあいの道の案内標識が整備され、現地はわかり易いです。

油殿古墳の廻りは住宅地が開発されていて、住宅案内板には古墳山と記載されています house

油殿1号墳・・全長93mの前方後円墳 後円部径50m 高さ8.5m 前方部24m 高さ3.5m
画像の右側が後円部(案内板の後方) 前方部とかなり高さが違います。
真ん中のくびれ部は削られて道の様になっていますが、よく保護されていいます。
説明板も何ヶ所もあって、規模の小さい3.2.4号墳も良く分かります。

能満寺古墳に向かいます。  このルートは、関東ふれあいの道(首都圏自然歩道)
千葉県コースの『13.先住民のあるいたみち』の一部で、案内標識も随所にあります。

能満寺古墳・・全長73.5mの前方後円墳 後円部47.5m 高6.5m 前方部26.5m 高4m
下草も少なく墳丘の形状も良くわかり、大変良く保存・整備されています。
高さが7m程あるので、墳丘に上がると古墳の形状が良く見渡せます。

木炭槨という埋葬施設と多数の副葬品が図入りで説明板に記載されてます。
外房に近いこの地区に、油殿古墳・能満寺古墳と大型古墳が保存・整備されて
いることに感銘と驚きを感じました。confident
ただ、肩痛で自転車が苦痛なので早々に上総一ノ宮駅から帰宅となりました。crying

『房総の古墳を歩く』の菊間国編(市原市北部の古墳)

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続いて、茂原街道を左折して大厩二子塚古墳へ向かいます。
大厩地区はまだ農村部で、千葉の田舎の雰囲気がたくさん残っています。
① 大厩二子塚古墳・・全長63m(復元70m)の前方後円墳です。
大きな古墳のはずですが、探すのにかなり苦労しました。

それらしい場所の前は、宅地開発中で登り口も不明で周辺をうろうろです(-_-;)。
少し戻って山裾の宅地の裏から上がって ①後円部墳丘sign02 ②後円部から前方部(参道)
③竹藪の中で、遂に古墳標柱を発見して安心です。coldsweats01


続いて菊間団地の大通りに出て、姫宮古墳に向かいました。
② 姫宮古墳・・全長47mの前方後円墳 菊間公園上の台地上にあります。
畑の中で(反対は崖)林に覆われてますが、見学しやすい古墳でした。
②の写真の奥の石碑は、旧陸軍演習時の昭和天皇の行幸記念碑とありました。
台地上で見晴らしも良かったのですね。


本当にすぐ近く(200m程)ある北野天神山古墳に向かいます。
カメラが電池切れで、以下の写真は桜の季節に再訪して写したものです。
③  北野天神山古墳(権現山古墳)・・復元全長90mの前方後円墳です

道路と民家に囲まれ、墳丘は大きく削られて大きな前方後円墳には見えません。
民家脇に塀にそって僅かな踏み跡があって、そのまま墳丘に登れます。 
上部には名前の由来の天満宮の小さな祠がありました。

道路を挟んで、本当にすぐ隣に東関山(とうかんやま)古墳があります。
④ 東関山古墳・・全長61mの前方後円墳です。 復元全長は90mとの事です。 
道路沿いに標柱と県指定の石碑があります。 

小さな祠もあって、墳丘にも容易に登れて形状もわかり易い古墳です。
復元規模90m級と大きな古墳で、北野天神山古墳と本当に隣合わせで、6世紀の
菊間国の国造クラスの盟主墳でしょうか。sign02

本日最後の菊間天神山古墳に向かいました。
⑤ 菊間天神山古墳・・全長40m 高さ5mの円墳です。道路沿いに案内板があります。

案内板の横から墳丘を登ると、やはり名前の由来か?天満宮の祠がありました。
道路脇からは広々と村田川流域の市街地が望め、広々した景色がひろがります。


帰りは村田川脇で道を尋ねると、釣竿持ちのサイクリストの方が気軽に
JR浜野駅まで案内していただきました。happy01happy01

『房総の古墳を歩く』の千葉国編(千原線沿線)

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本日は、千葉国の大覚寺古墳から草刈古墳群-菊間国の大厩二子塚古墳-姫宮古墳-
北野天神山古墳-東関山古墳-菊間天神山古墳を欲張って探訪します。
9:27 新京成の三咲駅から京成千原線で学園前駅に向かいました。
① 学園前駅から大覚寺古墳のすぐ近くの千葉市埋蔵文化財調査センターへ。。

② 大覚寺山古墳・・全長62mの前方後円墳 4世紀後半 千葉市内で最古最大の古墳です。
住宅街にある史跡公園で、案内板も詳しく良く整備されています。
住宅地の道路からは見上げる感じの立派な古墳でした。

ニュータウンの広い道路を千原線沿いに、おゆみの駅近くの椎名崎古墳群に向かいます。 
おゆみの南公園 階段脇に自転車を止めて、階上の古墳公園へ…遠望良いです。
③ 椎名崎古墳群・・案内板が無いと判り難い古墳が7基保存されています。
おゆみの地区の大古墳群だったそうですが、大半が消滅したとのことです。

先も急ぐので、千原線終点のちはら台駅近くのちはら台公園に向かいます。
村田川沿いの ちはら台公園 古墳広場には12基の古墳が整備・保存されています。
 ④ 草刈11号墳・・墳長50m・高さ3mの前方後円墳で、中心に立地しています。
草刈古墳群は村田川右岸沿いに180基も存在した大古墳群らしいです。

少し離れた まきぞの自然公園 内の草刈33号墳に向かいました。
 ⑤ 草刈33号墳・・自然公園の遊歩道脇に案内板の奥の藪の中です。
市街地にある自然公園を見つけるのに苦労して、やっと到着でしたすが、古墳自体は
藪に覆われ墳丘も分かり難かったです。

ここよりは村田川下流域の菊間国の古墳群を目指して…先を急ぎます。 菊間国編へ続く

『房総の古墳を歩く』の上海上国編(市原市国分寺台の古墳)

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青葉台から市原市道13号線で本日最後の市原市国分寺台地区の古墳探訪に向かいます。
午後も大分遅くなったので、先を急ぎます。
 中途で[今富塚山古墳]に立ち
 寄りました。
 正光院の境内にあります。
 墳丘長110m 高12mの堂々た
 る前方後円墳ですが、墳丘が
 大きく破壊され、中間のくび
 れ部が奥の集落に抜ける為に
 切削されて切り通しの道にな
 っています。
 手前の後円部上部の奥はスパ
 ッと削られていて、崖になっ
 ています。
築造の時期は姉崎天神山古墳より前で、周辺では一番古い時代の古墳との事です。
この地方の最初期の権力者の物でしょうか?

養老川を横切って国分寺台地区に入ります。
五井国分寺通りから少し入って、神門(こうど)5号墳があります。
全長38.5m 高さ5m の前方後円墳で築造時代は古く、奈良の纏向石塚古墳と形が
似ているといわています。
纏向石塚古墳は昨年雨の中を楽しく探訪しました。lovely
国分寺通りを真っすぐ走って、稲荷台1号墳に向かいます。

何と言っても、王賜銘(おうしめい)鉄剣が出土した有名古墳です。
記念公園になっていて、小さな古墳が復元されています。
全長27mの小さな古墳の埋葬者は誰なのでしょうか?
獲加多支鹵大王(ワカタケル大王、雄略天皇)が刻まれている稲荷山古墳出土の
金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)も超有名ですね。eye
 本日の最後は市原市埋蔵文化
 センターです。(無料です)
 かなり大きな建物で、市原市
 内の遺跡の調査・研究、出土
 遺物の収蔵・保管の施設です。
 一階のエントランス部分が展
 示室で、王賜銘鉄剣のレプリ
 カも展示されてます。
 人物埴輪の横に、鹿と猪の埴
 輪も展示中でした。gemini
 早々に切り上げ、JR五井駅へ
 17時2分の快速で船橋駅まで
 無事帰宅です。happy01

『房総の古墳を歩く』の上海上国編(市原市姉ヶ崎の古墳)

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  • 房総の古墳

袖ヶ浦平成通りを進むとアーチ橋[椎津新田大橋]があって、市原市側の平成通りに
繋がります。(平成通りは歩道も広くて、小径車でも大変走りやすい )
姉ヶ崎の平成通りの工事終点区間付近に姉ヶ崎二子塚古墳があります。
 
全長103m 周溝を含めると全長160m 後円部50m 高さ9.5m 壮大な前方後円墳です。
前方部幅52メートルと撥型に広く開いてる様子が墳丘上からもわかります。
国の重要文化財の直弧文石枕が出土しているとのでも有名です。
あいにく住宅がすぐ近くまで迫っていますが、見とれてしまう美しい前方後円墳です。
次は姉ヶ崎天神山古墳に向かいます。
 姉ヶ崎天神山古墳は県道13号
 (市原茂原線)を挟んで山側
 に立地しています。
 姉崎古墳群で最大規模の全長
 130m 前方部50m 後円部67
 mの大型前方後円墳です。
 入口の急傾斜の階段を登ると
 墳丘上に名前の由来となった
 神社がありました。
 春は桜の名所との事です。
 
 次に姉ヶ崎神社近くの釈迦山古墳に向かいます。
 
  すぐ近くの格式ある姉ヶ崎神社を参拝して、境内で釈迦山古墳を捜したですが、全長
 93m以上あるという古墳は見つかりません。
 別ルートの道  出光山王社宅「行止まり」看板の右側の細い道からも行ける⇒で、
 ようやく到着しました。
 説明板もなく、ヤブに覆われ分かり難いです。
 次は鶴窪古墳に向かいます。
 姉ヶ崎神社を出て、真直ぐ
 に進むと直ぐの道沿いにあ
 りました。
 全長60mの前方後円墳で、
 説明板もあって分かり易い
 です。
 右側の前方部が発達した後
 期型の古墳で、楯形の下段
 の上に前方後円形の上段が
載る珍しい墳型らしいです。
 次は堰頭(せきがしら)古墳
 に向かいます。
 鶴窪古墳の前の道を青葉台
 方面に真直ぐ進みます。
 大きなマンションを過ぎて
 小道に入る手前に左の看板
 で、その裏が古墳です。
 全長45m・高3.5m 前方後
 円墳らしいですが、中は藪
 だらけで墳形は良くわかり
ませんでした。 すぐ近くの六孫王原(ろくそんのうばら)古墳に向かいます。
 
マンションの裏手にひっそりと保護されている六孫王原古墳は、『前方後方墳』という墳形です。(古墳時代終末期に特に珍しいとの事です)
姉崎古墳群は、4世紀後半と推定される[姉崎天神山古墳]以下⇒[釈迦山古墳]⇒[二子塚古墳]⇒[山王山古墳(消滅)]⇒[原1号墳(消滅)]⇒[鶴窪古墳]⇒[堰頭古墳]⇒[六孫王原古墳]と7世紀後半まで約300年間も築造されたそうです。(相当な地域権力ですね)

『房総の古墳を歩く』の馬来田国編(袖ヶ浦市の古墳)

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内房の袖ヶ浦-姉ヶ崎-五井(国分寺台)の有名古墳を回りました。
JR船橋 9:22の快速 君津行き 約1時間で袖ヶ浦駅着です。
袖ヶ浦駅で自転車を組立て、早速坂戸神社古墳に向かいます。
 
坂戸神社古墳は全長63mの前方後円墳ですが、参道の左側に説明板も無く横たわって
いるので、事前の情報が無いと分かりにくいです。
周辺は千葉県指定天然記念物の[坂戸神社の森]に指定されています。
次は率土(そっと)神社南古墳に向かいます。
率土とは、陸地の続くかぎり・国の果てという意味だそうです。
 
道路脇から結構長い階段(標高40m)を上って、参道横に案内板です。
神社の手入れも良くて、お饅頭型の古墳が良くわかります。
珍しい帆立貝式の前方後円墳との事です。
次はお紬塚古墳に向かいます。
 
袖ヶ浦平成通りに掛かる陸橋の近くの台地上の畑の中ありました。
若干藪の中ですが、説明板もあってわかり易いです。
墳丘の直径28m 周溝部も含めると50mの円墳との事です。
気温も上がって、畑の中に農作業の方がいるなど牧歌的な雰囲気になります。
ただ先も急ぐので、袖ヶ浦平成通りに戻り、姉ヶ崎の古墳群を向かいます。

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