古墳を探訪 一覧

出雲王国の四隅突出型墳丘墓

出雲独特の四隅突出型墳丘墓で有名な西谷墳墓群史跡公園を探訪しました。
西谷墳墓群は国指定史跡で、弥生時代トップクラスの壮大な墳丘墓群です。
中でも大型の墳丘墓は弥生時代後期の出雲王国の首長墳では云われています。

上の写真は復元されたミュージアム風の西谷2号墓です。coldsweats02
全体が葺石で覆われ、四隅がヒトデのように飛び出した特異な形状が良くわかります。
古墳内部には展示室があって、埋葬の様子がホログラムで再現されています。
隣の3号墓は、案内板によると高さ4.5m 突出部を含めると約50mの四隅突出型墳丘
墓との事です。(弥生時代のトップクラスの墳丘墓です)
築造期は卑弥呼の時代と云われ、『国譲り』神話の出雲王朝の史跡でしょうか。confident

続いて、有名な荒神谷遺跡も探訪しました。
出雲の考古学的大発見と話題になった国内最多の青銅器の発見現場です。coldsweats02

上の写真左は、銅剣等が発見された荒神谷遺跡の復元保存現場です。
右は国立出雲歴史博物館に展示されている銅剣(現物と複製)です。
eye こちらのアルバムも見てください。eye
残念ながら荒神谷博物館・出雲弥生の森博物館は休館日でしたが、充実の出雲観光
でした。happy01

岡山の三大巨石墳を探訪しました。

これは吃驚(゚Д゚;) 岡山県の三大巨石古墳を探訪しました。
箭田大塚古墳(やたおおつかこふん)・・国指定史跡で国指定史跡で6世紀末の古墳です。
 倉敷市に在るので高梁川を越えて
 真備町に向かいました。
 手入れされた竹林の中にあって、
 国指定史跡の石塔や説明板も整備
 されています。
 直径54m 高さ 7mの円墳ですが、
 なんと sign03 横穴式石室の全長が
 19.1mもあります。

 入口から入ると羨道部の長さ10.7m
 幅が2.3m 高さが 2.4mとのこと
 で、その巨大な石組みの精密さと石
 の巨大さに驚愕します。coldsweats01

 羨道と玄室の間には、保護用の扉が
 設けられていて、玄室には入れませ
 んが、扉越しに組み合せ式石棺が見
 学できます。。
 玄室の大きさは、長さは8.4m 幅が
 約3m 高さは3.7mとのことです。

天気も雨模様になってきましたが、次はこうもり塚古墳に向かいました。

こうもり塚古墳・・国指定史跡 6世紀後半築造 全長約100mの前方後円墳
 こうもり塚古墳は、五重塔で有名
 な吉備国分寺や国分尼寺等の吉備
 路風土記の丘公園内にあります。
 国指定史跡の石塔や説明板も整備
 されています。
 横穴式石室は全長19.4m sign03
 確認されている横穴式石室の中で
 は全国第4位の規模との事です。
 全長の比較では、1位は見瀬丸山
 古墳-全長 28.4m 2位は宮地嶽
 神社丸塚古墳-全長 24m らしい
 ですが、3位は分かりませんweep

 羨道部は 長さ11.7m 高さ 2.8
 m 幅2.1mで、入口から羨道へ
 は階段で若干下ります。
 石の規模が本当に大きくて、精
 緻な組合せに圧倒されます。sign02
 羨道と玄室の間に保護用の扉が
 あって、玄室には入れませんが、
 扉越しに刳抜き式の家型石棺が
 見学できます。
玄室は長さ 7.7m 高さ 3.6m 幅も 3.6m と大きいので、石棺も余裕で収まっています。
高さではかないませんが、巨石古墳の代表の石舞台古墳に匹敵・凌駕する規模ですね。coldsweats01

翌日は快晴、市内から旭川沿いに進み 牟佐大塚古墳を探訪しました。
牟佐大塚古墳(むさおおつか)・・国指定史跡 6世紀末築造 径30m 高8.5m の円墳
 周りはグルッhouseと住宅に囲まれて
 全然目立ちませんが、石室の開口
 部の前で吃驚(゚Д゚;)します。
 墳丘に比べ、石室が全然大きくて
 アンバランスな感じです。
 国指定史跡なので、石塔や説明板
 も整備されています。
 石室の開口部には、[こけ]の保護
 の注意書きもありました。
 横穴式石室は全長18m 羨道は
 長さ 12m 幅 1.6m 高さ1.5m
 玄室の大きさは 長さ 6m 幅 2.
 8m 高さ 3.2mと巨大です。
 内部は巨石の3段積みで精緻に
 組み上げられています。sign02
 玄室には刳り抜き式の家形石棺が
 在ります。
 前部は盗掘で大きく壊されていま
 すが 全長2.8m 幅1.6m 高さ1.5
 m..巨大な石棺です。coldsweats02
見学自由なだけに、大事な史跡なので節度を持っての観察が大切ですね。think
eye 岡山の三大巨石古墳のアルバム eyeも見てください。


 

岡山の巨大古墳を探訪しました。

  • 更新日:
  • 古墳を探訪

4月13・14日と岡山県(吉備の国)の三大古墳を廻ってきました。
造山古墳(つくりやまこふん)・・墳長約360m 全国第4位の規模の前方後円墳です。

宮内庁の管轄外の古墳なので、自由に立ち入りできる全国第1位の古墳です。
上の画像は後円部への登り道からのパノラマ画像(大きすぎて全景は撮影困難)です。
後円部の高さも約32mもあるので、上り道も急傾斜で本当にデカい小山でした。
全国第6位の『見瀬丸山古墳』は航空母艦の甲板の様したが、こちらはまさに小山です。
 元々あった丘を削り、大量の土を
 盛って作られたので『つくりやま
 』との命名らしいですが。coldsweats02

 左の画像はくびれ部の側道です。
 中央のくびれ部も広くて、沢山の
 桜が植えられています。
 見頃は1週間程前でしょうか?。。
 少し残念でした。weep
 前方部墳丘には神社があって、長
持型石棺が無造作に置いてあります。
直弧文の線刻の石棺の蓋の破片も露出しています。(説明板でフムフム。confident。)
古代吉備の首長墓にちなんで、駐車場には金色の「吉備の大王」像もありました(笑)
eye造山古墳のアルバムも見てください。eye

2キロ程の距離で作山古墳があります。 読み方も同じ『つくりやま』です。
作山古墳(つくりやまこふん)・・全長約286m 全国第9位の規模の前方後円墳です。
造山古墳に次いで作られた、5世紀中頃の築造と言われています。(13日曇り)

上の画像は少し離れた住宅地からのパノラマ画像(やはり全景は撮影困難)です。
後円部径175M 高さ約24M と造山古墳よりは若干小さいですが、近畿の大王墓に負け
ない巨大さは、『吉備の国』に超強大な権力が在ったとの証左といえますね。think
 隣接する人家の脇から踏み固めた
 細道で後円部に登りました。
 後円部の頂上部も広くて、説明板
 が設置してあります。
 斜面と平坦面の三段築成で、築造
 当時は平坦面に5千本以上の埴輪
 が並び、斜面は葺石で敷き詰めら
 れていたとの事です。
 墳丘上は下草は多いですが、まだ
 密生しておらず巨大古墳の散策が
 存分に楽しめました。happy01
eye作山古墳のアルバムも見てください。eye

吉備の三大古墳の一つ赤磐市の両宮山古墳を訪ねます。
両宮山古墳(りょうぐうさん)・・全長約206m 全国第39位の規模の前方後円墳です。
造山古墳・作山古墳と共に、吉備の三大古墳に数えられています。

前方部をぐるっと、、大きく水をたたえた周濠の大変美しい古墳です。
(ふれあい広場)裏の堤からのパノラマ写真ですが、箸墓古墳の大池の雰囲気ですね。confident
 案内板には・・両宮山古墳は吉備
 上道臣 田狭(かみつみちのおみ
 たさ)の墓と伝承されて。。
 田狭-吉備稚媛(わかひめ)-雄略天皇
 それから、星川皇子⇔白髪皇子
 (清寧天皇)等々の、滅びゆく吉備
 国にまつわる有名な伝説も解説され
 ています。weep
 築造当初は二重周濠の総長349mの
 巨大古墳だったそうです。
 eye両宮山古墳のアルバムも見てください。eye

初期の大王墳を訪ねて(桜井市の巨大古墳)

  • 更新日:
  • 古墳を探訪

大和(おおやまと)古墳群から少し離れた桜井市街の巨大古墳等を廻ってきました。
 桜井茶臼山古墳・・近鉄桜井駅
 から 1キロ程の国道165号線
 沿いにあります。
 全長207mの大型前方後円墳で
 メスリ山古墳と同じく陵墓指定
 からは外れていますが、初期の
 大王墳と云われています。
 朱が塗られた巨大な石室や銅鏡
 破片が多数出土したことで有名
 です。
 周りの金網越しに歩くと山すそ
 が出て、墳丘に登れるらしいの
 ですが、延びた草木が雨に濡れ
 て残念ながら断念です。

 メスリ山古墳・・近鉄桜井駅か
 ら やはり1キロ程の住宅街にあ
 ります。
 周辺は整備されていて、散歩し
 ている人も見かけます。
 全長224mの大型前方後円墳で高さ2.4mの円筒埴輪や多数の武器類の発掘でも有名です。(橿原考古学博物館で展示)
その規模や副葬品から、やはり初期の大王墳と云われています。
大和東南部の大王墳の推移は、箸墓古墳→西殿塚古墳→桜井茶臼山古墳→メスリ山古墳→行燈山古墳→渋谷向山古墳と続くらしいです。
 赤坂天王山古墳・・・古墳ファン必見の古墳も訪問しました。coldsweats02
 
山間部の畑の中にあって、案内板を目印に登ると写真 左の横穴式石室の入口が現れます。
[まむし]注意の看板もあるのですが、這いつくばるように中に入って真っ暗な羨道を進むと家型石棺が浮かびます。
一人ですから怖い感じもしますが、天皇稜と云われる石室と巨大な石棺に畏敬と感動を感じます。(明治までこの古墳は崇峻天皇陵とされていました)
限られた時間の中、感動が残るすばらしい体験となりました。。
 
 new 『桜井市の巨大古墳』 camera こちらのアルバムも見てください。eye

復々 山辺の道・・古代大王墳を探訪(纒向古墳群)

日本最古の道 山の辺の道を再び訪ねました。
今回は天理駅から桜井駅までの・・前回訪ねる事が出来なかった古墳を探訪しました。

本降りの雨の中、美しい箸墓古墳が盟主の纒向古墳群も残らず廻ってきました。
 ホケノ山古墳・・珍しいホタテ貝
 型古墳で、木槨が復元されていま
 した。
 左の写真はホトケの山古墳 墳丘
 からの 箸墓古墳

 箸墓古墳・・最初期の大型前方後
 円墳大池からの眺めは雨でも素晴
 しいです。(下の写真)

 東田(ひがいだ)大塚古墳・・
 箸墓から歩いて20分 田んぼの
 中にありました。
 卑弥呼の墓ではと?説のある全
 長96mの最初期の前方後円墳
 纏向矢塚古墳・・東田古墳から畑
 越しに眺望できる、纒向小学校の
 裏手にあります。
 纒向勝山古墳・・池(周濠?)が
あるので分かりやすいですが、変形が激しいそうです。
纒向石塚古墳・・三世紀初頭の最古の前方後円墳と云われています。
見た感じは墳丘も低く、のっぺりしています。戦時中に相当削平されたそうです。

new 『纒向古墳群』 camera こちらのアルバムも見てください。eye

山の辺の道 古代大王古墳を訪ねる

日本最古の道 あこがれの山の辺の道lovelyを訪ねました。

最古の箸墓古墳・渋谷向山古墳・行燈山古墳等の古代大王古墳の探訪です。
 経路は近鉄柳本駅から『山の辺の道』に
 向かいます。
 街中では美しい黒塚古墳が出迎えます。
 国道169号を渡って直ぐに第10代 崇神
 天皇稜(行灯山古墳)です。
 周濠に水を溜めた前期の大王墳です。
 山裾に廻って、『山の辺の道』を歩くと
 双方中円墳という墳形の櫛山古墳です。
 鬱蒼として墳形の見極めは難しいです。
さらに進むと上の写真の第12代 景行天皇稜(渋谷向山古墳)が現れます。
盾形の周濠に囲まれた全長310mの大きな大王墳です。 次々に大型古墳がです。heart02
空模様も怪しくなってきたので、国道169号に戻り、箸墓古墳に向かいました。
 佐倉の国立歴史博物館に模型が展示され
 ていますが、現地はもちろん初めてです。
 箸墓古墳は日本最古の大型前方後円墳で、
 卑弥呼の墓ではともいわれています。
 宮内庁の陵墓参考地で倭迹迹日百襲姫命
 大市墓が名称です。
 写真は雨に霞む三輪山と箸墓古墳です。
纏向遺跡=邪馬台国sign02 卑弥呼の墓=箸墓sign02  その現地を見て感慨が増しますね。happy01
巻向駅をフィニッシュにして、『山の辺の道』の探訪は終了です。
西殿塚古墳 ・メスリ山古墳・桜井茶臼山古墳 ・赤坂天王山古墳等は、欲張らずに次の機会としました。
有名な天武・持統天皇陵や高松塚古墳等、その他に第11代垂仁天皇稜(宝来山古墳)・藤ノ木古墳等も廻って、念願の奈良観光となりました。happy01

new 『古代大王古墳等』 camera こちらのアルバムも見てください。eye

このページの上部へ

About

MTunderHat社の【カンバス】テンプレー
トを利用しています。
素晴らしいテーマが無料なんて…(^_^)
背景写真だけを差し替えて。。
店主 もがきの構図・・・です。(笑)
iPhoneなどのスマートフォン向けサイト
もあります。
スマートフォンでこのページを開くか、
URLの最後に i を付けていただけば閲覧
できます。

サイト内検索

Powered by Movable Type 5.2.10